昨夜、都営三田線に乗っていたときのことです。ある乗客が新聞を縦に三つ折りにして読んでいました。その姿を見た瞬間、驚きとともに「懐かしいなぁ」という感情が湧いてきました。
かつては、電車内で新聞や雑誌を読む人は珍しくありませんでした。特に朝の通勤時間帯には、吊り革につかまりながら器用に新聞を折りたたんで読むサラリーマンの姿が、日本の電車内におけるおなじみの光景でした。
しかし今では、新聞を読んでいる人を見かけることはほとんどありません。車内を見渡せば、ほとんどの人がスマートフォンに夢中になっています。私もその中の一人です。
少し前まで、日本の主要メディアといえばテレビ、新聞、雑誌でした。しかし、インターネットとスマートフォンの普及により、状況は一変しました。テレビの視聴者はYouTubeなどや動画配信サービスに、新聞や雑誌の読者はネットメディアに奪われています。この変化は、日本の広告業界にも歴史的な転換点をもたらしました。
従来の広告といえば、テレビCMや新聞・雑誌広告といったマスメディアが主流でしたが、今ではインターネット広告が急成長を続け、広告費の過半数近くを占めるようになっています。
この変化は、単に広告媒体が置き換わったというだけではありません。広告業界のビジネスモデル、企業のマーケティング戦略、さらには社会全体に流通する情報環境にまで大きな影響を与えています。この記事では、この大転換の実態を具体的な数値とともにご紹介し、その問題点と今後の展望について考察してみます。
数字で見る広告メディアシフトの実態
インターネット広告の急成長
電通が発表した「2024年 日本の広告費」によると、2024年の日本全体の広告費は前年比4.9%増の7兆6730億円で、3年連続で過去最高を更新しました。インターネット広告費の占める割合は47.6%(前年は45.5%)と5割に迫っています。
特に注目すべきは、2024年のインターネット広告媒体費は前年比110.2%の2兆9,611億円で、ビデオ(動画)広告は前年比123.0%の8,439億円と最も高い成長率を記録している点です。
従来メディアの苦戦
一方、従来のマスメディア広告は厳しい状況が続いています。新聞広告費は前年比97.3%と減少傾向にあり、パリオリンピックや衆議院議員総選挙といった大型イベントがあったにもかかわらず、大きな回復には至りませんでした。
雑誌広告については前年比101.4%の1179億円と昨年に続いて増加しましたが、その規模はインターネット広告と比較すると非常に小さくなっています。
テレビ広告に関しては、従来の地上波テレビ広告は横ばいまたは微減傾向にある中、テレビメディアデジタル広告費※は654億円となり、前年比146.3%とマスコミ四媒体由来のデジタル広告費の中で一番成長しています。これは見逃し配信サービスなどのデジタル展開が功を奏していることを示しています。
※従来のテレビ局が運営するデジタル配信サービス(見逃し配信、リアルタイム配信、インターネットテレビなど)で配信される広告の費用のこと。
インターネット広告の歴史
では、ここで日本における広告のWeb(インターネット)シフトについて、時系列で簡単に振り返ってみましょう。
広告のWebシフトの始まり
日本では1995年~1996年が「インターネット元年」と呼ばれています。インターネットの民間商用利用が解禁されると、1996年7月に「Yahoo! JAPAN」がバナー広告の取り扱いを開始しました。 これが日本のインターネット広告の実質的な始まりとされています。その後、「インフォシーク」、「goo」(懐かしい!)などの検索サイトを始め、朝日新聞、日本経済新聞などのWebサイトがサービスを開始しました。
私はこの時期、インターネットがどのように未来を変えていくのか日々ワクワクしながら過ごしていました。知人の実家がスイカ農家で、そのスイカをインターネットで販売しようという話が出て、ホームページを自作して販売してみると本当に売れて飛び上がるほど嬉しかったのを鮮明に覚えています。このとき「通信販売はいずれインターネットが主流になる!」と確信しました。
さて、話が横にそれましたね。もとに戻しましょう。
1990年代後半~2000年代初頭:多様化の時代
1999年:日本初のアフィリエイトサービス「Value Commerce」開始
2000年:「ファンコミュニケーションズ(A8.net)」がサービス開始
2000年代初頭:検索連動型広告(リスティング広告)の登場(これによりネットを使った集客は一気に花開きます)
本格的なシフトの時期
2000年代前半(2000-2005年):この時期はまだ実験段階で、広告予算の大部分はテレビ・新聞・雑誌などの従来メディアに投下されていました。
2000年代後半(2005-2010年):ブロードバンドの普及とともに、企業がWeb広告の効果を実感し始め、予算配分を徐々にシフトし始めました。
2010年代前半(2010-2015年):2014年の日本のインターネット広告費は1兆519億円といわれており、この頃からWeb広告が本格的に従来メディアと競合する規模になりました。
2010年代後半~現在:日本の広告費に占めるインターネット広告費はすでに雑誌広告費や新聞広告費を追い抜きました。具体的には次のようになっています(電通「2024年 日本の広告費」より)
・インターネット広告費は3兆6,517億円(前年比109.6%)
・テレビメディア広告費(地上波テレビ+衛星メディア関連)は1兆7,605億円
インターネット広告費は、テレビ広告費の2倍以上あります。まさか私もここまで差があるとは思っていませんでした。
さて、まとめてみると、広告のWebシフトは1996年から始まり、約30年かけて段階的に進行しました。
- 1996-2000年:黎明期(バナー広告中心)
- 2000-2005年:発展期(多様な広告形式の登場)
- 2005-2010年:成長期(企業の本格参入)
- 2010-2015年:拡大期(従来メディアとの競合)
- 2015年-現在:主流化(Web広告が最大の広告媒体に)
特に2010年代後半からが本格的なシフトの時期と言えるでしょう。
では次に、広告がインターネットにシフトしたその要因について考えてみました。
広告メディアシフトの背景要因
消費者行動の変化
スマートフォンの普及により、人々の情報収集行動が根本的に変化しました。新聞の購読率は年々低下し、テレビの視聴時間も特に若年層で大幅に減少しています。一方で、YouTube、TikTok、Instagramなどのプラットフォームでの動画コンテンツ消費が急増しています。
広告効果の測定可能性
インターネット広告(デジタル広告)の最大の魅力は、その効果を詳細に測定できることです。クリック率、コンバージョン率、リーチ数など、あらゆる指標をリアルタイムで把握でき、ROI(投資収益率)を明確に算出できます。これに対し、従来のマス広告は効果測定が困難で、費用対効果の検証が不明確でした。視聴率が良いと言っても、テレビの前にいるのは、猫や居眠りしているお年寄りかもしれません。
ターゲティング精度の向上
インターネット広告では、年齢、性別、興味関心、購買履歴、位置情報など、膨大なデータを活用した精密なターゲティングが可能です。これにより、関心の高い顧客にピンポイントで広告を配信でき、無駄な広告費用を削減できます。
予算の柔軟性
テレビCMや新聞広告は高額な初期投資が必要ですが、インターネット広告は少額から始められ、効果を見ながら予算を調整できます。特に中小企業にとって、この柔軟性は大きな魅力となっています。
広告メディアシフトがもたらす問題点と課題
1.情報格差の拡大
テレビや新聞は、誰でも平等に同じ情報を得ることができるメディアでした。しかし、インターネット広告の台頭により、デジタルデバイド(デジタル技術を使える人と使えない人の間にできる格差)が深刻化しています。高齢者層やデジタルリテラシーの低い層は、重要な商品・サービス情報から取り残される危険性があります(健康保険証のマイナンバーカード化と似ていますね)
2.情報の偏向とフィルターバブル
検索エンジンやSNSなどのプラットフォームは、ユーザーの検索履歴、クリック履歴、閲覧履歴などのデータを分析し、そのユーザーが興味を持ちそうな情報を優先的に表示します。これにより、ユーザーは自分にとって心地よい、好みの情報に囲まれた状態になります。結果、同じような情報ばかりが表示され、視野が狭くなる「フィルターバブル」現象が発生します。これにより、同じような意見を持つ人々の間で情報が循環し、自分の意見が強化される「エコーチェンバー現象」を引き起こす可能性があります。また、多様な商品・サービスとの出会いの機会が減少し、市場全体の活性化を阻害する危険性も大きくあります。
3.プライバシーとデータ保護の問題
精密なターゲティングの裏には、個人データの大量収集があります。Cookie規制の強化、GDPR(EU一般データ保護規則)の影響など、プライバシー保護の重要性が高まる中、従来の手法では限界が見えてきています。
4.広告の信頼性と品質の問題
Web広告では、不適切な広告、詐欺的な広告、偽情報を含む広告(最近のFacebook広告はひどいものがありました)が掲載されるリスクがあります。従来のマスメディアでは編集部門による一定の品質管理が行われていましたが、プログラマティック広告の自動化により、このようなリスクが高まっています。
5.従来メディア産業の経営危機
新聞社、テレビ局、出版社など、従来のメディア企業は広告収入の大幅な減少により深刻な経営危機に直面しています。これは報道の質の低下、地方メディアの廃業、ジャーナリズムの衰退につながる懸念があります。
6.広告効果の質的問題
インターネット広告は数値化しやすい指標に注目が集まりがちですが、ブランディング効果や長期的な顧客関係構築といった質的な効果を測定することは困難です。短期的な成果を重視するあまり、長期的なブランド価値の構築がおろそかになるリスクがあります。
業界が直面する具体的な課題
1.スキル格差の拡大
デジタルマーケティングには、データ分析、プログラマティック広告(AIや自動化技術を活用して、デジタル広告の売買を自動化する手法)の運用、各種プラットフォームの仕様理解など、専門的なスキルが求められます。従来の広告制作スキルとは大きく異なるため、業界内でのスキル格差が拡大しています。
2.測定指標の標準化問題
インターネット広告の効果測定は詳細ですが、プラットフォームごとに異なる指標や測定方法が用いられており、統一的な評価が困難です。広告主にとって、真の効果を把握することが難しくなっています。
3.アドブロックの普及
広告ブロックソフトウェアの普及により、インターネット広告が表示されないケースが増加しています。特に若年層でのアドブロック使用率が高く、ターゲットとする層にリーチできない問題が発生しています。私自身もYouTubeではプレミアムに入っていて広告が表示されないようになっています。また、その他のWebメディアでも、なるべく広告を見たくないのでウェブブラウザの機能や、広告ブロッカーアプリなどを利用しています。しかし、広告をユーザーに見てもらうことで多くの無料のWebサービスは成り立っていますので、こういったものが大きく普及してしまうと検索エンジン、多くのインターネットメディア・サービスは存在できなくなってしまいます。この問題は非常に悩ましいです。
今後の展望
広告メディアのWebシフトは不可逆的な変化であり、今後もこの傾向は続くと予想されます。
インターネット広告費の占める割合は47.6%と5割に迫っており、近い将来に過半数を超えることは確実です。しかし、この変化は必ずしも全ての関係者にとってプラスではありません。
情報格差の拡大、従来メディア産業の衰退、プライバシー問題など、解決すべき課題は山積しています。重要なのは、デジタル化の恩恵を最大化しつつ、その負の側面を最小化する仕組みづくりです。
行政、業界団体、企業が連携し、健全で持続可能な広告エコシステムの構築に取り組む必要があります。また、消費者も受動的な情報受信者から、能動的な情報選択者へと意識を変える必要があります。
メディアリテラシーの向上、プライバシー設定の適切な管理、多様な情報源からの情報収集など、デジタル時代の消費者としてのスキルが求められています。広告業界の大転換期は、同時に新しい可能性の時代でもあります。技術革新を活用し、より効果的で、より人間的で、より持続可能な広告コミュニケーションの実現に向けて、業界全体で取り組んでいくことが重要です。
本日の記事は以上となります。
メルマガでもお伝えしましたように、ブログ記事の更新は本日をもって終了となります。
10年以上に渡りお読みいただいた皆様に心より御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。